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zoom RSS 向山駅配線図から昭和52年当時の路線を想像する

<<   作成日時 : 2011/11/26 20:06   >>

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 向山駅ミニミュージアムの室内中心には、昭和30年代の駅員室を再現したレトロスペースがあります。そのパネルに貼り付けている大きなボードで「向山駅構内配線図」なるものがあります。製作時期を見ると、昭和52年7月28日とはっきり書かれています。この配線図から、今から30年あまり前の向山駅の路線を想像してみたいと思います。

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 配線図の中で「A」と書いている四角いものが、現在の駅舎です。この頃の駅舎は現在のものと同じコンクリート造りのものです。この「A」からホームまで「職員連絡通路」という細い線が書かれています。この連絡通路は現在ありませんが、当時の証言から聞くと、どうやら駅からホームまで、線路を歩いて渡る通路だったとのことです。

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 連絡通路は現存していませんが、プラットホームを見るとすぐにその名残があることが分かります。プラットホームの下り線側に、明らかに後付したコンクリートブロックがはめられているのです。駅からまっすぐホームに向かって歩いたという証言、配線図から想像すると、写真に書き込んだような通路が昭和52年時点ではあったことが分かります。

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 そのほか、下り線が1から4まであることが分かります。上り線とあわせて、当時は少なくとも5本の線路があったことが分かります。現存している線路は、上り、下り、そして部分的に残る下りの、あわせて3本です。この名残は、向山駅の南側にある細い踏み切りを見るとすぐに分かります。写真に○で囲んだ部分が、どう見ても後からアスファルトでふさいだ痕跡があるのです。
 ちなみにこの踏み切りは長老の証言、木内々の田中さんのコメントから、単線から複線に切り替わった昭和43年前には「トラックでわたることができた」ほど道幅が広かった場所です。

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配線図と現況から考えると、このアスファルトがしかれる前、おそらくここには配線図にある「下り線2」があったと予想されます。

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次にこちらですが、これは多分「下り線3」の跡だと思われます。この路線はプラットホーム近くに一部の線路が現存しています。

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配線図、現地調査、そしてさまざまな証言から、複線時代(昭和43年)から少なくとも昭和52年までの向山駅路線は、上記のようだったと想像できます。上り線は1本、下り線は4本です。下り線4の分岐点は痕跡があいまいだったので、確証ある証明ができませんでした。おおむねこんな感じだったことは間違いなさそうです。

最大5本の線路が通っていた線路ですが、これが今のようになったのは果たしていつだったんでしょうか。これを示す明確な資料をまだ発掘していません。元国鉄の相坂長老や笹垣元駅長なら分かるかも。後で聞いてみたいと思います。

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コメント(2件)

内 容 ニックネーム/日時
そういえば、配線図右端の「上入」跡と思われる路盤も車内から見えた気がします。
rail_airline
2011/11/26 20:50
rail_airlineさんこんばんは。やはり電車に乗っているだけあって、うちらから見えないところが見えてますね。後でまた向山に遊びに来てくれたときに、その場所教えてくださいね。
M局長
2011/11/26 22:27

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