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zoom RSS 大正時代の列車正面衝突事故のお話

<<   作成日時 : 2011/11/26 22:19   >>

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ミュージアムを訪れる皆さんの中で、数人から「この辺で昔、列車の正面衝突事故があったらしい」というお話を聞いています。キーワードとして、
・どうやら大正時代らしい
・場所は古間木駅(現在の三沢駅)から下田駅の間らしい
・第8師団の兵卒らを乗せていたらしい
・かなりの乗客が死亡したらしい
というものです。

これらを裏付ける資料を発見したので、ブログを使って記録しておきます。資料は東奥日報社「新聞記事に見る青森県日誌100年史」です。当時の古い言葉遣いですが、原文のまま掲載します。

列車正面衝突、即死二十人 ―東北線古間木・下田間で―

 二十九日午後十一時四十分ごろ、東北線古間木―下田間において、貨物列車と臨時列車と大衝突を来し、死者二十名、重症五十三名(うち五名はその後死亡)、軽症者百名を出したる大椿事あり。
 臨時列車は、弘前第八師団に入営すべき岩手県の荘丁を輸送せんがため、従来、休止中なりし尻内発午後十時五十分の貨物列車に、五十人乗り客車十七両を連結して運転することとなり、同日午後、岩手県一ノ関より盛岡に至る各駅より乗車して、午後九時四十分、尻内駅に到着したる壮丁および見送人等約八百人を乗せ、定刻より二十分遅れ、十一時十分、尻内駅を発し、下田駅を無事通過し、古間木駅に向かいたり。
 しかるに、同日午後八時二十分、青森駅発列車は、午後十時、野辺地駅にて貨物列車に変じ同駅を発し、午後十一時三十六分、古間木駅に到着したるが、当番助役都谷森正休氏は、前記、臨時列車の古間木駅に進行しつつあるを失念したるものか、貨物列車の車掌にタブレットを渡したれば、同列車は定刻より五分早く古間木駅を発し、約五分ニマイルの行程にて、全速力をもって進行中、壮丁列車と大衝突をなし、荘丁列車の前部七両は軌道十二、三本をゆがめて脱線転覆し、未曾有の第三次を呈するに至れるが、重傷者は八戸市の種市、村井、渡辺、藤田、今野の各病院、青森市の神および県立病院並びに佐藤、沢田の両医院に収容したが、即死者は左のごとし。
▼車掌監督富樫粂蔵▼車掌入間田馨▼車掌見習川村要之助▼岩手県胆沢郡姉体村後藤為蔵ほか十七名(前部入営すべき壮丁)

※重傷者でその後、死亡したものが十人あったため、死者総数は三十人となれり


場所はやはり向山駅近くらしいことがそうぞうできます。向山駅から南だったのか、それとも北だったのかは推測できませんでした。

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コメント(11件)

内 容 ニックネーム/日時
こんばんは。
Wikipediaに以下の記述がありました。


1916年(大正5年)11月29日 東北本線(現在の青い森鉄道線)下田駅 -古間木駅(現・三沢駅)間(当時向山駅は未開 業)で、下り臨時旅客列車と上り貨物列車が正面衝突。軍隊入営兵士ら39名が死亡し た。 当時、東北本線は単線で通票閉塞方式をとっていた。当日夜、古間木駅助役と駅員1人 が勤務時間中に外出し飲酒した。先に戻ってきた駅員は下り臨時旅客列車の運転の連絡 を受け閉塞扱いをしたのち就寝し、後に駅に戻った助役も寝てしまった。その後、下り 臨時旅客列車の運転を知らされていない別の駅員が、到着した上り貨物列車に渡す通票 が見当たらないために助役を起こして指示を仰いだところ、泥酔した助役は閉塞機から 通票が取り出せないのは故障だと判断し、針金を差し込む不正操作で通票を取り出して 上り貨物列車に渡し発車させてしまった。当時の閉塞機は通票が引っかかって取り出せ なくなる故障が時として起こっており、その際は針金などを差し込んで通票を取り出し ていたが、この事故を機に、不正扱いが出来ないよう閉塞機の改良が進んだ。

事故現場は三沢駅より2マイルですので、
向山駅から北に約1.5キロ地点と思われます。

rail_airline
2011/11/26 23:07
rail_airlineさんこんばんは。実は「飲酒」というエピソードがあったことは聞いていました。でも当時の新聞記事にはその辺はぼかされていたのでしょうね。国鉄で飲酒がもとで事故…だとね…。でも長老たちからの証言だと、やはり「飲酒」「泥酔」って言い伝えがしっかり残っていましたよ。
M局長
2011/11/26 23:17
きーぼーさん、町内会のみなさんこんにちは。
貴重な資料の提供ありがとうございます。
こうして遠方から提供してくださる方がいるのはとても嬉しいですね!
rail_airline
2012/02/02 11:05
 レールくんへ   この記事は、私も見ていました。その話を長老様達から聞いてみたことがあります。   どうも現駅より南側だったような話が出てきますが、裏付ける証拠というか資料等はまだ探せません。今後の宿題にしましょう。      あるきんぐさん、沢鉄さん、宿題ですよ。
N会長
2012/02/03 08:43
 さっきのコメント訂正します。  いっぱい情報が集まってましてみなさんありがとうございます。   情報等の送り先をみなさんにお知らせします。   この向山駅ミニミュージアムは、ご存じのとおり、向山町内会で運営しておりますので、町内会集会所(新築されたばかりで駅のすぐそばにありますので)に郵送願います。      〒039−2151   青森県上北郡おいらせ町向山2−1807   向山集会所   にお願いします。  到着後は、確かに受け取ったという確認郵便と町内会長や駅担当者の情報をお知らせします。
N会長
2012/02/03 08:49
N会長へ

宿題一日懸けて?あちこち資料等を探しました。
「大正昭和の写真集」に記載されてましたので、
明日お持ちいたします。
沢鉄
2012/02/03 17:25
宛先了解です。来週中には発送しますね。
ところで、ミュージアムにこの事故を取り上げた本「事故の鉄道史」は置いているでしょうか?

あと、すみませんが先のコメントはメールアドレス載せっぱなしも良くないので、削除しておいて下さい。他の部分は以下に転載しておきます。
---------------------------------
2012/02/01 01:18
当時の雑誌に掲載されたこの事故の記事(1頁大の写真2枚掲載)と、国鉄の事故調査記録を発見しました。ミュージアムで役立てばと思い、遠方で直接は行けないのでコピーを郵送してみたいのですが、どちらに送れば宜しいでしょうか。
きーぼー
2012/02/05 12:32
追伸・・・既に確認済みかも知れませんが、三沢市立図書館にあるらしい「三沢駅沿革史」にも記述がありそうですね。
きーぼー
2012/02/05 15:20
きーぼーさんこんばんは。
削除の件、解りました。資料送っていただけるということで、ありがとうございます。
これからも向山町内会ブログよろしくお願いいたします。
こちらに来ることがあれば、駅ミュージアムに寄ってみてください。
ちなみに本は駅には置いてありません。
コジー
2012/02/05 19:39
こんばんは。
八戸図書館に「事故の鉄道史」、「三沢駅沿革史」があるようなので探してみます。
rail_airline
2012/02/05 20:00
どういたしまして。早ければ12日には着くと思います。
八戸図書館なら「三沢駅の歴史」という本もあるようです。
きーぼー
2012/02/11 11:49

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