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zoom RSS 三沢漁港復旧進んでますね

<<   作成日時 : 2012/09/11 13:04   >>

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東日本大震災で大きな被害を受けた三沢漁港ですが、震災から1年半を過ぎた今、漁港の施設は着々と復旧しているようですね。スマホ写メの画像だから画質ボロボロだけど、雰囲気は伝わるかな。

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この魚市場は大津波が襲ったために、建物の一階部分がごっそりと剥ぎ取られてしまっていました。それが今はすっかり直されて、トラックやフォークリフトが忙しそうに行き来しています。

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復旧した魚市場の壁には、大津波が最大7.4メートルの高さで襲いかかってきたことを示す表示がつけられていました。自販機の大きさから、襲ってきた大津波の高さが想像できると思います。こんな波が襲ってきたら、人も車も建物もひとたまりもありません。あらためて津波の恐ろしさに身震いします。

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市場の中は水揚げされた魚が並べられていました。聞いてみると、今はハモ漁が最盛期のようですね。

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いけすの中のハモを見せてもらいました。生きが良すぎて元気なようで、暴れないようにネットに入れられてました。うまいらしいですよ。

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順調に進んでいるように見えた復旧作業ですが、目立つ魚市場を離れてみると、まだまだ至るところに大津波の傷跡が残っています。復興は長い道のりですね。震源地から遠く離れた青森県でも大変なくらいですから、壊滅的な被害を受けた三陸はさらに大変でしょうね。
それでも自然の猛威に負けず、再び立ち上がろうと頑張る日本人の熱意と勤勉さは、尊く誇らしいものですね。

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コメント(12件)

内 容 ニックネーム/日時
2週間ほど前に宮古→田野畑→普代→野田→久慈と三陸北部をドライブしました。やはりまだまだ回復には年月がかかるんだろうと思いました。
M局長
2012/09/11 20:48
三沢漁港、前はよく息子と釣りに行ってたのですが、昨年は工事中で、できませんでした。
もうだいじょうぶかなー。
コジー
2012/09/12 05:16
コジーさんおはようございます。コメントありがとうございます。

たぶん三沢漁港はもう釣り大丈夫そうですよ。地元民の沢鉄さん、浪岡さんいかがですか?コメントよろしくです。
M局長
2012/09/12 08:24
 昨年の震災から1年半になりますが、被災者は永遠と脳裏から消え去ることがないでしょうね。

 どういう災害が、私どもに降りかかるか解らない状況になってきています。

 災害に対する、物心両面の対策が必要だと感じるは、私だけでしょうか?

 
ジュナツ
2012/09/12 08:43
 M局長さん、コジーさん

実は旅行先で、いくつかの駅には、海抜4Mとかという表示をしている所が何カ所かありました。  撮ってきておりますが、いざ、津波が来たときは大災害になるんだろうなあと思ってきました。
 
 今回の旅行では、昨年の津波の怖さというものを、出会った旅先人に話すように心がけてきました。

 昨年、町内会で海岸沿いの津波被災者のがれき処理に参加し、目の当たりにした光景を言うことができました。

 ボランティアというものは、参加して手伝うというものも大事ですが、それらの経験を、諸般の事情で参加できない人に語るというのも大事かと思うのです。
 自慢話ではなくて・・・。
N会長
2012/09/12 08:52
ジュナツさんこんにちは。コメントありがとうございます。
あのとき大津波に飲み込まれた自分は、後でテレビやYouTubeで見たおぞましい津波の映像を見て、今でもゾッとします。流されている時間がスローモーションに感じました。水中でもまれているときは、自分の子ども時代のこととか家族のことが走馬灯のよyに浮かんでは消えていきました。それでいて危険回避の能力も同時に働きました。車や瓦礫にぶつかんないように、足で蹴って安全なところに流れました。忘れたくても絶対に忘れられないものです。
M局長
2012/09/12 09:10

ジュナツさん、初めましてm(__)m

私は、いつも危機感持ってますから、コレクションみたいに、災害備蓄の数々を所持しですよ(^^)v

ジュナツさんは、どちらの方かは存じませんが、これを見た、おいらせ町近辺の方なら、イオンモール下田は御存じですよね?

元イオンモール下田役員から実はあそこは海抜2メートルしかないと聞かされました(☆o☆)

想像してみて下さい…
去年の大地震で、岩手県&宮城県に襲来した大津波がおいらせ町にやって来たら百石漁港の防波堤を超え、イオンモール下田まで襲来するはず!
しかも、百石漁港から百石小学校→百石高校→イオンモール下田まで比較的直線道路で建物数も少ないので大津波が、あの道路伝ってを押し寄せてくる事を考えたら…

個人的にはおいらせ町役場の方で調査依頼して、危機管理、もしくは危機提示をしてみてはと思うんですが…

話しが逸れてしまいすみませんm(__)m

田中
2012/09/12 12:19
我が家は浜通り。しかも、国道より海側に自宅があります。
あの日、勤務中でしたが、幸い車が近くにあり車載テレビで災害の一部始終をみました。
少なからず、自宅・地元には帰れない。まして、自宅(思い出)は流された…と覚悟を決めました。翌朝、明るくなってから、恐る恐る自宅まで行ってみて、初めて自宅(周辺)の無事と我が家まで津波が、あと200m前後だったことがわかり、『ホッ』としたのを覚えてます。
ちなみに、震災当日は、姉と二人でおいらせ霊園の駐車場で避難、両親は自宅付近の山手側に避難してました。

いつも犬の散歩で海に行ってましたが、震災の年の1月愛犬が天寿を全うしたため、改めて海岸に足を向けたのは、その年の夏でした。
三沢の浪岡
2012/09/12 12:54
田中さんこんにちは。コメントありがとうございます。想定外にならないように、最悪を考えることから防災は始まりますね。名取川の津波逆流は3キロも4キロも内陸までさかのぼったことでしょう。こんな三陸クラスの大津波なら、おいらせ町だと西端の本村や赤田まで行っちゃいますね。標高約40メートル、海岸からの距離約10キロの向山だと桁違いの大津波でなければ被害は無さそうです。でも停電、断水、道路崩壊、線路崩壊、崖崩れなんかはあるでしょうね。こうして日常生活ができなくなって、孤立することを想定して、強いコミュニティーを作っていかなければと思います。

・真夏で一ヶ月も風呂に入らなければ
・真夏なのに冷蔵庫がずっと使えなければ
・真冬なのに暖房も使えなければ
・電化製品、携帯がずっと使えなければ
・どこの店にも品物がなければ
・車があってもガソリンがなければ
・テレビの情報がなければ
・行政機関がマヒしたら
・交通手段も道路も失ったら

ついこの前の震災で味わったことをもっともっとあげてみて、それを想定していけば、少なからず前向きな気持ちと準備ができるかな。

生き残ることに安堵するのは震災初期で、それから何年も根強く消えないのが産業、雇用、生活基盤整備、住宅など、シビアなお金にまつわる話です。
M局長
2012/09/12 13:00
ジュナツさん・・・田中さんもメチャクチャ知っている人の分身ですよ。ヒントはローマ字でJUNATSUです。
M局長
2012/09/12 13:13
 田中さんコメントありがとうございます。  おいらせ町も浜通と山の方では災害対策に対する意識の違いがあるかもしれませんね。
 でも災害は場所を選びませんから、対策しておくに超したことはありませんね。
ジュナツ
2012/09/12 13:21
浪岡さんこんにちは。さすがに浜三沢地元民の生のコメントありがとうございます。三沢は砂浜で三陸のリアス式じゃないけれど、海に近いから学校とかで津波教育もするんでしょうか。
M局長
2012/09/12 13:22

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